その建物の大きさは想像以上だった。これが竹瓦温泉。せっかくなので、建物の周りも歩いてみることにした。足を踏み入れるのを迷ってしまうくらいひっそりとした横道に入ると、なんだか建物の影に隠れた気分。少し開いた窓からは高い天井が見え、楽しそうな人の声がこだましている。地面の隙間からは湯気がもくもく立ち昇っていた。
そのうちに見えてきた、小さいけれど立派な入り口はどうやら昔のもののよう。建物の角に立ち、両方の入り口を眺めてみた。
旅人とまちの人を迎え入れる温泉は、今も昔も変わらずここにある。

>まちのおフロにおじゃまします<
威風堂々。
どっしりそびえ立つ豪壮な建物。
お寺? 旅館?
いいえ、ここはみんなが集う公共の湯。
「竹瓦温泉」へようこそ。

「はい、いらっしゃい」
番台のお母さんの笑顔が迎えてくれた。
「お風呂は100円よ。うちは洗面器しかないからね。タオルは持ってる?」差し出されたタオルにはレトロなイラストがプリントされている。旅の思い出にと1枚購入した。
「お風呂はのれんの奥よ。ごゆっくりしていってね」
広間に足を踏み入れたら、時が止まっているような静かな空間が広がっていた。チクタクチクタクと、古時計がゆっくりと時をすすめる。「時間はあるよ。ゆっくり休んでいきなさい」って言ってくれているみたい。

えんじ色ののれんと日本髪の女性のシルエットが掲げられているのが女湯の入り口。

のれんをくぐったとたんに、温泉の気配をしっかりと感じる。ほのかな温かさを帯びた空気はしっとりとやわらかくて、なんだか固まっていた心がほぐれていくようだった。脱衣所と浴室の間には、壁も扉もない。脱衣所の手すりから身を乗り出すと、U字型の浴槽が見えた。
かかり湯で体にお湯の熱さを教えて、そろそろと身を沈める。手足を広げてグーッと背伸びをしたら思わず声が出てしまった。極楽極楽……。

吹き抜けの高い天井を見上げながら、ぼーっとお湯に沈んでいると「気持ちいいかい?」とおばあちゃんの声。
「ここのお湯はやわくてよかろ。もう何十年も通いよる」とニッコリ笑って、昔話のはじまりはじまり。かわいいおばあちゃんともっとゆっくりお話ししたかったけれど、体はすでにのぼせる直前。
「ごゆっくり」
浴室を後にすると、ほてった体を脱衣所にしつらえられたベンチにあずけて、ひと休み。
長い間使い込まれたあめ色のロッカーとまんまる鏡がとても愛らしかった。
<竹瓦温泉の入り方>
その1、 用具はイスと洗面器のみ
アメニティはご自身で
その2、 脱衣所入口のドアは開いたまま
気になる方は奥の方へ
その3、 入浴前に下半身を綺麗に洗うこと
その4、 湯船のふちに腰かけない
その5、 源泉温度は少々熱め
ぬる湯好きの方は壁際の水道そばがおすすめ
その6、 湯あがりは広い休憩所でのんびりと
みんなの温泉です。
ルールを守って気持ちよく、楽しく入りましょう。

「ああ、いいお湯やった」
髪をふきふき、ほんのり赤ら顔したおじいちゃんのお風呂セットを拝見。くたくたのナイロン袋の中には使い込まれた洗面器とボディタオル、そして大きな石鹸箱。
「こりゃ牛乳の石鹸じゃ。こんな大きな石鹸を使いようもんはおらんじゃろう。やっぱぁこれがいい」牛乳の石鹸もしあわせものだ。
もう1つ、ナイロン袋につながれた定期入れ。差し込まれた紙には1〜180までの数字と赤○印。
「これはな、年とるともらえるお風呂の券じゃ。ええじゃろ」
ハッハッハとちょっぴり自慢気なおじいちゃん。180回分ですか?と尋ねると
「そう、180『日』分」
そうか、ここは湯のまち別府。温泉は毎日のお風呂だ。なんて贅沢。うらやましい!





