隠れるように備え付けられた看板に「路地裏の情緒 紙屋温泉」の文字。案内されるままに進んだ道は暗くて、人とすれ違うのもやっとなくらいの細い路地。どこへ続くんだろう、と少し不安を抱えながら角を曲がった先に、まるでお天道様のスポットライトに包まれたような建物を見つけた。それは、気に留めなければ通り過ぎてしまうような小さな温泉。
すぐそばに小さな足湯と飲み湯が設けられていた。流れ出るお湯に手を触れると、かじかんだ指先をじんわり温めてくれた。「そのお湯飲んでみ。旨いから」と自転車で登場したおじさん。言われるままに備え付けのひしゃくで、ひと口いただく。ほんのりゆで卵の香りがするお湯は喉をすっと通っていった。「このお湯でコーヒー淹れると味が違うんや。甘いっち言うんかな? クセもないしな。毎日風呂ついでに汲んで帰るんやわ」そう言いながら持参のペットボトルにお湯を汲み始めた。
入浴は13時からとなっていたけれど、「入っていいよ。もう何人か入っとるから」というお言葉に甘えて、100円玉を渡してお風呂場へ。カーテン1枚で仕切られた脱衣所で、お風呂あがりの裸のおばあちゃんが腰掛けて、番台さんとカーテン越しにお話ししている。
浴場はもくもくと立ち込める蒸気で真っ白。「こんにちは」と声を掛けると、「洗面器持ってなかったら、そこに重ねとるの使いよ」「そっちは熱いよ。熱いのだめなら、ここの水道のとこ来て水出しよ」と顔の見えない常連さんたちがアドバイスをくれた。側面の湯口から掛け流されている源泉は約52℃。加水させてもらいながらゆっくりと沈んで、少しずつ手足を動かしてみる。熱いお湯と仲良くなれたころ、肌をじりじり伝っていたお湯は、次第に肌へと沁み込んでくるような気がした。「お湯の話聞いた? ここは美人の湯よ。飲んでも良し、入っても良し!」と隣の市からご主人と一緒に通っているというお母さん。
明治初期から別府の名湯として親しまれてきたこの温泉は、明治41年の『豊後温泉誌』に「本泉は、臭気なく、まことに清澄で、微温であるから春夏のころは入浴に最も適しておる」と記されているそう。元気でつるつるお肌の常連さんたちは、まさにこのお湯の効果を実証している生き証人!
「は〜」と笑顔のため息を漏らしながらあがってきた、ピンクの頬のお母さん。「よっこらしょっと」ベンチにお風呂セットを置いて、そのまま飲み湯へとまっしぐら。ひしゃく3杯を一気に飲み干し、もう1度「は〜」。一息ついたお母さんのお風呂セットを拝見。使い慣れた洗面器にはシャンプー、各種タオルにローズの香りのボディーソープ。
15才で別府にやって来たという、別府歴50数年のお母さんは大分県国東市出身。「20才の頃、一緒に働いてたおじさんがここの番台さんで、入りに来いって誘われてね、それから」。体調が悪かったころには、息子さんがずっと連れて来てくれていたという思い出も聞かせてくれた。この温泉の好きなところを尋ねると、一言「気持ちいいから!」。そして「ここはみーんな仲良し」とにっこり。「さぁ、家でネコが待ってるから帰ろ」と腰をあげて、飲み湯をゆっくりもう1杯。手押し車を押しながら手を振って帰って行ったお母さんの足が、早く良くなりますように。
「ここのお湯は湯冷めせんのや。3時間は大丈夫」と自慢気に言ったおじいちゃんは、ここの責任者さん。「だまされてなったんや。1杯呑んでな、気が付いたら(責任者に)なっとった。家内に怒られたわ」。その日から25年。まちの人たちと一緒にずっとこの温泉を見守り、暮らしてきた。「今日は前のおばちゃん遅いなぁ」「今日は来んって言うとったよ」。何気ない会話を聞きながら、温泉は人々を繋げるための場所なんだと実感した。紙屋温泉の陽だまりのような温かさは、まちの人たちの想い合う心の集まりの温かさ。
つげから学んだ大切なこと
「見た瞬間にわかりました。これは、初代が作ったものだって」お店の片隅にあるガラスケースの中から取り出された、青いビロードの箱。中にはとても繊細な孔雀の帯留めが納められていた。「本当に、繊細。すごいよね、美しいなぁ……」別府つげ工芸、4代目の寿章(としあき)さんの口から、感嘆のため息が漏れる。
別府つげ工芸が安藤一平さんにより創業されたのは大正8年。このころはとにかく物が良く売れた時代で、一平さんの作品は1つもお店に残っていなかったのだとか。ある日お店に、お母さんから譲り受けた帯留めを作り変えてほしいというお客さんがやってきた。あまりに繊細な作品のため、作り変えることが出来ないことを説明し、つげのペンダントと交換に、帯留めを譲り受けたのだそう。
2012年に実施した工房の改装工事の際には、それまで見たことがなかったものが次々と出てきたのだとか。金魚、船、龍……おそらく当時流行ったのであろう図案が刻印された、大量のハンコもその1つ。これは、つげに下書きの線をつけるためのものなのだとか。「この図案を考えた祖父は、とにかくきっちり絵を描く人でね。船の絵を描いてほしいとせがんだら、ものすごく立派な波しぶきつきで描いてくれた。まだ小さかったから、こんなのいやだ!って言っちゃったんだけどね」と、寿章さんの父、3代目の康夫さんは懐かしむように笑う。
先代から学んできたこと。それは、「いつも心は穏やかに物作りに向き合うこと。心が乱れていると、必ず跳ね返ってくる。大切なことは、つげから学んだ。きっとみんなそうだったんじゃないかな」寿章さんの言葉に、康夫さんも深く頷く。
職人の代は替わり、時代に合わせて作られる作品も変わってゆく。けれど、大切なことはいつまでも変わらない。つげは作り手の想いをのせて旅立ち、誰かの手元で時を超えて息づいてゆくのだろう。
別府つげ工芸
ベップツゲコウゲイ
住所 | 別府市松原町10-2 |
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営業時間 | 8:30〜17:00 |
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休日 | 日曜、祝日、お盆・年末年始 |
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電話番号 | 0977-23-3841 |
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駐車場 | 5台 |
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オススメ 商品 | つげブラシ 3,780円~/根付・耳かき 1,080円~/ピアス・イヤリング 2,160円~/指輪 2,160円~ |
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別府にうまれた新しい惑星
永石通りの五叉路の一角。木造建築でガラス張りのお店に思わず見惚れて、足を止めた。瓦屋根の下には「スパイス食堂 クーポノス」と書かれた大きな看板。
中に入ると、何だか異世界の香りがする。ターメリック色の壁に、天地があべこべの鏡。どこかの国の女性たちの写真。色とりどりの提灯に、レトロな扇風機やかき氷機。ガラスの青と白、植物の緑。きらきらと日が差し込み、いつか観た映画の中にトリップしたみたいな気分になる。
大学の建築科でまちづくり研究のために訪れて以来、人々に愛されながら、息づくように別府で暮らしてきた園さんと、立命館アジア太平洋大学入学をきっかけに別府に住み始めたベトナム人のフックさん。別府をこよなく愛する2人が出会い、2016年の夏に食堂を始めた。
ここを訪れるのは、観光客はもちろん、留学生やバックパッカー、地元の人たちまで層を問わない。97歳という常連のおじいさんは、今日もアボカドドリンクをごくり。
園さんとフックさん、2人の共通する想いは、年齢、性別、国籍、宗教を問わず、みんなで1つの食卓を囲うということ。それは、別府が培ってきた共同浴場のあり方と通じる。築100年を越える古民家を、地元の大工さんと自分たちで改装し、1つずつ食堂のイメージを組み立てていった。
注文したのは、チキンフォーにサラダとベトナムコーヒーがついたランチセット。米粉でできたフォー麺は色が透き通って、喉ごしがいい。ひよこ豆が乗ったサラダは、たっぷりの野菜が盛られ、彩り豊か。練乳を混ぜたまろやかなコーヒーは、食後にくつろぎの時間を添えてくれる。
園さんとフックさんには役割分担がなく、その時どきで、お互いができることをしている。みんなでごはんを食べるとき、少しずつお裾分けしたり一口もらったりして、語らいとともに胃袋の中に幸せな気持ちが満ちていく。例えるならば、そんな関係性だ。
このお店には、さまざまな土地から自然と食器が集まってくるのだとか。それは今まで世界のどこかで、数え切れない人たちの食事風景を支えてきたお皿やコップたち。「食器が変わったら、作る料理も変わってくる。流動的なものだろうね」
人が食べる行為を建築と捉え、食べ方そのものを提案し続ける園さん。自給自足の村を思い描き、「リブ・イン・ハーモニー(調和の中に暮らす)」という言葉を教えてくれたフックさん。クーポノスという店名は造語で、2人を示す新しい惑星の名前なのだそう。
2人にとって「スパイス」とは、単なる香辛料ではなくて、退屈しない生き方のコツ。人生にちょっとスパイスを加えると、人は元気になったり、癒されたりする。園さんとフックさんの存在こそ、別府のスパイスだ。クーポノスは確かに異空間だけれど、同時にここが別府ということを強烈に感じさせてくれる。2人の料理を食べると、しゃんと息が整って、心がしゃきっとする。ごちそうさまと告げて店を後にすると、ここからどこへでも行けるような気がする。
スパイス食堂 クーポノス
スパイスショクドウ クーポノス
住所 | 別府市千代町11-25 |
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営業時間 | 11:00〜15:00 |
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休日 | 火曜 |
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電話番号 | 0977-75-8145 |
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駐車場 | 2台(お店の斜め向かいにあります) |
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オススメ 商品 | フォーのランチセット(フォー+サラダ+ドリンク)1080円 |
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行列ができる別府冷麺専門店
昼どきになると行列ができる冷麺専門店。順番待ちの紙に名前を書いた人たちが公園でくつろいでいる。ようやく店内に入ると、親子連れや仕事の合間の食事など、幅広い世代のお客さんが席を埋めていた。
かつて松原公園の近くに冷麺で有名な店があった。当時、全国的には知られていなかった冷麺だが、その店の冷麺を食べた別府っ子はみんな大好きになったそう。転勤などで別府の血を離れて行った人も、忘れられずにその店を訪れていたとか。「六盛」の冷麺は、およそ40年前にその店で食べた味を再現しようと試行錯誤して作ったのだそうだ。
「父親が食通で、おふくろを連れて美味しいものを食べに行ってな、帰って来てから今の料理を作ってみろって。薬味ひとつにしても一般家庭の料理を超えるようなものを、おふくろは熱心に研究してて…。それに感化されてるのかな? どうしたら美味しくなるか常に考えるんですよ。この冷麺を作るときも、醤油の配合だとか塩の塩梅、いろいろ試してみたけど、やっぱりシンプルな味がいいね。いらないものを省いていったらこの味になった。キャベツのキムチも酸味が効いてて、歯ごたえがいいでしょ? 他の地域は豚のチャーシューが多いけど、牛の油っけがない所を使ってるんよ」。「六盛」の冷麺は、さっぱりとしているけれど奥深く、食べ進めるほどに後を引く。昼の営業時間が終わる前にスープが切れてしまい、閉店してしまうことも度々あるという。
息子さんが切り盛りしている北浜のお店は19時からの営業で、小盛りの冷麺が人気だという。「夜飲んだ後に付き合いでくる女性なんかは、1杯まるまるは食べられないでしょ、そんなお客さんに喜ばれているんですよ」。美味しいものを美味しいだけ食べられるようにという、うれしい心遣いだ。
手のべ冷麺専門店 六盛 松原店
テノベレイメンセンモンテン ロクセイ マツバラテン
住所 | 別府市松原町7-17 |
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営業時間 | 11:30-14:00/18:00-20:00 (スープがなくなり次第終了) |
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休日 | 水曜 |
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電話番号 | 0977-22-0445 |
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駐車場 | 4台 |
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オススメ 商品 | 冷麺 750円 |
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