店主の池田志麻さんは、別府生まれの別府育ち。保育園の給食調理の仕事を経て「好きなおやつを思いっきり作ってみたい」という気持ちから、2014年にお店をオープンした。
記憶に残るおやつの味は、子どもの頃に食べたショートケーキ。誕生日くらいしかケーキを食べる習慣がなかった当時、お母さんが近所のおやつ教室で作ったものを持って帰ってきたのだとか。「普通の日に食べたショートケーキ。正直ぼそぼそだったけれど、何だかとてもおいしくって」
水曜、金曜、第1・第3土曜という営業日は、志麻さんがお店の時間・家族の時間・自分の時間を一週間の中で考えて、編み出したバランス。「最初は無理して仕込みをしていたけれど、これじゃあ長く続けられないわ、となって」。子どもの学校行事がある日は、お店はお休み。無理せず自然体で、家族との時間も大切にする。このお店は、そんな志麻さんの生活の中にある。
材料は、お散歩の途中で立ち寄る八百屋さんで手に入れたり、夕飯の買い物と一緒にスーパーで購入したりするのだという。いちじくやりんごなどの季節の果物や、野菜を見ているとおかし作りのアイデアが湧き、次々と脳内で味を組み立ててしまうのだそう。これが1日に10種類以上並ぶ、ケーキやマフィンのアイデアにつながっていく。
豊富なおやつに魅せられて、迷いながら選んだのはスコーン。素朴な見た目ながら、ぐるっと巻かれた姿が可愛らしい。この特徴的な形は、志麻さんの「ちょっとした遊び心」から生まれたのだという。天板に並ぶおかしの姿かたちを「この子、ぶすね。この子、かわいいわね」と言いながら眺めているのが好きなのだとか。「おいしくなぁれ、とかそんな念は、全然込めてないの。ただ、私が楽しく作っているだけで……」でも、お客さんに「大事に食べます」と言ってもらうとすごく幸せ、と付け加える。それぞれの「想い」は、おやつを包んだ1人ひとりの手のひらから芽生え始める。
「私にとって別府は、ルールのない町。好き勝手でおせっかい。みんな、自分の心のさじ加減で生きているのかな」。ふわっとした語り口ながらも「ここに並ぶおやつはすべて、私の妄想でできているからね」と話すその表情には、たくましさがにじみ出ていた。
少しずつでも手作り
西日本の一部地域では、魚のすり身を揚げたものを「てんぷら」と呼ぶ。「味わい工房 杏」は、大正時代創業の老舗蒲鉾(かまぼこ)店「別府蒲鉾」の工場の片隅で小売りしていたてんぷらを「もっとたくさんのお客さんに食べてほしい」と、お弁当も販売する売店としてオープンした。
橙色ののれんをくぐると、黒塗りの器にずらりと並んだてんぷらと、女性店員の元気な声が迎えてくれた。「手作りのてんぷらって少ないやん。だから少しずつでも手作りにこだわって作り続けているの」と店主の清田さんは控えめに笑う。石の鉢で練りあげられた魚のすり身に、大きめに切った野菜を混ぜて食感を加える。添加物を一切使用せず、丁寧に仕上げられたてんぷらは、作ったその日のうちに食べてほしいと言う。地域はもちろん、県外から通う常連さんもいるというこのお店は、売り切れ次第閉店する。開店と同時に完売してしまったこともあったとか。
持ち帰り専用の店内には、揚げあがりを待つための椅子があり、近所のお母さんたちがおしゃべりを楽しんでいる。夕食に、と一度に数十個を購入する人も少なくない。
「ときどき無性に食べたくなるの」と言うお母さんに、おすすめの食べ方を聞いてみると「そのまま食べるのが1番」とのこと。お母さんの言う通り、揚げたてのてんぷらをそのままかじると、プリッとした食感と、噛み締めるたびに広がる魚の旨味と甘みに、夢中になって食べ進めてしまった。別府の素材がぎゅっと詰まった、ちょっと遠回りしてでも食べたい味だ。
あじわい工房 杏
アジワイコウボウ アンズ
住所 | 別府市千代町10-4 |
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営業時間 | 10:00〜売り切れまで |
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休日 | 日・月曜、祝日 |
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電話番号 | 0977-25-0255 |
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駐車場 | なし |
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オススメ 商品 | お魚コロッケ 140円、てんぷら各種 170円〜 |
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1杯が導く人間模様
楠銀天街を抜けて、秋葉通りを海のほうへ歩くと、ガラス張りのお店が目に入った。2015年にオープンした「オセロ」は、この界隈ではちょっと珍しい、おしゃれな佇まいの本格的なコーヒーショップだ。
両親が鉄輪でジャズ喫茶を経営していたという女性店主の高部さん。特別に何かを教えてもらったわけではないけれど、喫茶店と住まいが同じだった高部さんにとって、コーヒーは子どもの頃から生活に馴染んだものだった。中学生になると、自分も喫茶店をやりたいと、ぼんやり夢を描いていたという。40歳になる手前、一念発起し、店をオープンした。朝8時から開いていることもあり、通勤中のサラリーマンや、観光客、地元のおじいちゃん、おばあちゃんまで、さまざまな人が訪れる。
メニューの書かれた黒板には、インドネシア、グアテマラ、メキシコ、ブラジルと各国の銘柄が並ぶ。どれにしようか悩んでいると、飲んだときに感じる重みや、苦味、酸味の特徴を、やさしく教えてくれた。中南米、アジア、アフリカ、どのお客さんの好みにも添えるように、各地域のバランスを考えて豆を取り寄せているのだそうだ。
かつてお花屋さんや洋服屋さんが入っていた店舗は、もともと全面ガラス張り。そこからガムテープの貼られたトタン壁や、風呂桶を持った温泉帰りのおばあちゃんの姿が見えたりする。「古いものと新しいものが継ぎ接ぎされて、この町にはいくつもの時代の層が重なっている。ちょっと気の抜けた景色こそが別府の面白みだと実感します」
丁寧に淹れてくれたコーヒーは、他のどの店で飲むものよりもこっくりとしていて、密度が濃い。店内を見回すと、1人でじっくりとコーヒーを味わう男性や、くつろいだ様子でおしゃべりを楽しむ女性客がいた。人それぞれにいろんなシチュエーションがあるけれど、今、この場所でコーヒーを飲んでいるという時間そのものが、何だか豊かに感じられる。
コーヒーは人の心を解きほぐし、普段は決して口にすることのない、その人の内面を引き出してしまうこともある。以前この店を訪れた1人のおじいちゃんが、高部さんにこんな話をしたという。「妻が亡くなったことを今でも受け入れられなくてね。ときどき近所のデパートに行って、家内を呼び出してもらうんですよ。そうしたら帰ってくるんじゃないかって思って」コーヒーと同じで、焦って淹れたら苦みや酸味が出てしまうけれど、時間をかければ、蒸れた豆のように想いは膨らみ、深みが増す。時間がゆっくりと流れる心地よい空間で、この1杯が自然と導く人間模様があるようだ。
高部さんは米国コーヒークオリティインスティテュート(CQI)認定のQグレーダー*。お米で例えるならば一等級の、高品質なコーヒーを提供するために、豆の栽培から、輸送、焙煎、抽出、すべての段階で質のいいものを選択していく。気象条件、栽培方法、精製方法、何ごとも気の抜けない中で、その最終段階、豆の選択、焙煎、抽出を担う役割には、とりわけ専門的な知識が不可欠だ。「でも、私がいちばん大事にしたいのは、感覚的においしいと思ってもらえること」
*コーヒーの品質を正しく評価できると認められた国際資格。
店の由来となったボードゲームのオセロには、『覚えるのに1分、極めるのに一生』というキャッチコピーがあるのだそう。「シンプルなのに、まだ解析されていない。そこが自分の道に似ているし、可能性を感じるんです。香りを嗅いだだけで酔いしれるような、気持ちが切り替えられるようなコーヒーを飲んでもらえたらいいな」そう言って高部さんはきりっと眼差しを外に向けた。
オセロ スペシャルティ コーヒーロースター
オセロ スペシャルティ コーヒーロースター
住所 | 別府市楠町13-1利光ビル1F |
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営業時間 | 8:00〜17:00 |
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休日 | 木曜 |
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電話番号 | 0977-88-2359 |
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駐車場 | 3台 |
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オススメ 商品 | インドネシア アチェ アルールバダ 400円〜 |
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ヨットハーバーの公園
竹の切り口のような入口の地下道への階段を下ると、そこにはスポットライトを浴びる温泉やカボスにしいたけ。地元の人たちが描いた、たくさんの別府名物のイラストで地下道の壁画は美術館のようになっている。描いた人々が自慢に思う別府の“いいとこ”なのだろう。
案内板のヨットハーバーという響きに惹かれ、階段を上る。ヨット型の看板の先は、芝生の色が鮮やかな公園。停泊する船の脇にあるスロープを登ると、目に飛び込んでくるのは海と空。波が静かに揺らめく水面は、大きな湖のように穏やかだ。別府湾は2つの大きな半島に挟まれちょうど湾の真ん中にあたるこの場所からは対岸のまちがぼんやり見える。海に面した遊歩道沿いの宿の部屋からは、この穏やかな海を見渡せるようだ。まるでホイップクリームでデコレーションしたようなボールが立つヨットハーバーには、たくさんのヨットが右へ左へと揺れながら波と戯れている。
カモメの鳴き声をBGMに公園内を歩くと、道々現れる昔の写真。昭和初期、別府の海岸の砂浜に湧き出した温泉を利用したという砂湯では、たくさんの人がくつろいでいたようだ。ヨットの先にある高崎山は今も同じ姿のまま。
砂湯はなくなってしまったけれど、広々とした芝生の公園でランチを楽しんだり、ひなたぼっこしたり相変わらず人々はほっこりした時間をすごしている。
本当はここでゆっくりしていきたい気分だけれど、まだまだ旅ははじまったばかり。
北浜公園
キタハマコウエン