観光客の列に紛れ、どきどきしながらエレベーターに乗り込んだけれど、展望台には持っているおこづかいでは入れない。悲しいような、悔しいような気持ちで乗った下りのエレベーターが止まった階には、家族へのお土産を選ぶうれしそうなたくさんの人。「いいとこ見つけた」次の日も友達を誘い、観光客の合間を縫って端から端までお土産店のパトロール。そんなことを続けるうちに握り締めたおこづかいはすっかりどこかへ行ってしまった。「展望台には行ったことないよ。だけどみんなが知らない別府タワーの秘密を僕は知ってるんだ」
水色の額縁に収まった波の入り江やこんもりとした緑の山々。展望台の海を望む席に腰掛け、毎日のように通ったご主人が知っているという秘密のことを考えながら、まちを見下ろす。
明治から漂う、さわやかなゆずの香り
竹瓦小路には良い香りが漂っていた。木のぬくもりを感じながらアーケードを進んでいくと、小路の先に何かの皮がこんもりと盛られたザルが置かれていた。「塩月堂」と書かれたお店に入って話を聞くと、ざぼんの皮を干しているのだという。ショーケースの中には、ゆずやざぼんを使ったお菓子や入浴剤などが並んでいる。
店内に飾られたモノクロ写真には、昔のお店も写っていた。「大正初期」と書かれた写真に写るのは、着物に身を包んで歩く女性たち。「お店の前は『流川通り』といって、昔はすごく栄えていたんです」と、ご主人。写真に写っている橋の欄干の一部は、今も残っているのだそう。お土産に、と買ったゆずまんを片手に、今は車と人が行き来する流川通りを足早に渡る。昔は雅な通りだったのだろう。
塩月堂
シオツキドウ
住所 | 別府市元町14-16 |
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営業時間 | 9:00〜20:00 |
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休日 | 第1・第3日曜 |
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電話番号 | 0977-23-0664 |
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駐車場 | なし |
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オススメ 商品 | ゆずまん 130円 |
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別府の清島
別府駅から徒歩15分ほどの住宅地の一角で出会った「清島アパート」。戦後間もなく建てられたというこのアパートは、アーティストたちの生活と作品制作・公開の場所。2009年に行われた別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」の「わくわく混浴アパートメント」という企画がきっかけなのだそう。
「たくさんのアーティストが集まる場所として企画されたんです。事務局が会場を探している最中、取り壊しも考えていたこのアパートにめぐり合ったそうです。大家の石丸麗子さんは、人が集まって何かをするということに不安になりつつも、『若い人たちがすることに協力出来るのなら』と承諾してくれました」。そう話してくれた清島アパートに居住するアーティストの勝さんは、「わくわく混浴アパートメント」の参加者でもあった。
「ピーク時には1日40人以上のアーティストがいて、最終的には132組のアーティストが集まりました。大家の石丸さんも、賑やかなアパートの様子を喜んでくれました。出会ったころは杖をついていた石丸さんが、会期半ばには自分の足で歩いて来るのを見たときは本当にうれしかった」。勝さんは、もっと表現を磨くため、地域の子どもやおじちゃんたちに作品を見てもらいたいと、会期終了後に元通りにして返すはずだった清島アパートに「終了後も住みます」と言ったのだそう。
別府を離れて全国で活動する仲間と地元の人との交流も続いているのだとか。話を伺っている途中、近所のおじさんがふらりと訪れた。しばし談笑して、「また来るわ」と去って行く。「メディアで清島アパートのことを知って、昔ここに住んでいた人が訪れることもあったんです。清島の今と昔、時代を超えて会話出来ることがすごくうれしかった」
2010年以降は、毎年公募制で8組のアーティストを募る形となった。「一緒に住んでいるから、作品を通じた繋がりだけじゃない連帯感も生まれてくるのかもしれない。個人の活動も尊重している」と、勝さん。このまちで、人と関わって、作品を作ること。そんなやりがいを感じる人たちが一緒の場所に住んでいる。目的に向かう気持ちの共有を、頭で考えるのではなくて自然と体で感じられているという。「『別府にある清島アパート』という場所の力がそうさせているのかもしれない」。生き物のように進化を続ける清島アパートの魅力は、これからも一層輝いていく。
《2016年度の清島アパート入居者》
<アートホーリーメン arthorymen>
<飯島剛哉>
<大平由香理>
<小野峰靖>
<勝 正光>
<関川航平>
<旅する服屋さん メイドイン>
<中野莉菜>
清島アパート
キヨシマアパート
住所 | 別府市末広町2-27 |
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営業時間 | オープンアトリエあり ※詳細はNPO法人BEPPU PROJECT(0977-22-3560)にお問い合わせください。 |
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駐車場 | なし |
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歴史の深さと時の流れに思いを馳せる
寒空の下、真っ青な空をバックに佇む威風堂々とした姿に、思わず圧倒されてしまう。近代的なビルとは明らかに異なり、どっしりとした存在感の『別府市公会堂』は、昭和3年建設されたもの。時の流れの中で姿を変えながら、平成28年2月に建設当初の外観に復元された。日本の近代建築を開花させたと評される吉田鉄郎がまだ若い20代に設計した近代建築で、別府市の指定有形文化財だ。
建築に詳しくなくても、細部までこだわり抜かれたその美しさはなんとなくわかる。注意深く館内を見れば、可愛らしくメルヘンなモチーフがそこかしこに散りばめられていた。設計者の吉田は特にアーチや星のモチーフがお気に入りだったようだ。「こんなところにも星がある!」という驚きや、心躍る小さなトリックがたくさんある。
見上げれば天井には星のレリーフ。ホールのドアにも星型の秘密の覗き窓。階段の手摺は有機的な曲線を描く。廊下や窓辺はアーチ状に縁取られ、照明を下から見上げれば星のモチーフが幾重にも重なっている。
「ここから見るとね、星のランプの向こう側にステンドグラスがあって、まるで宇宙みたいでしょう」誰もが見惚れてしまうステンドグラスの少し変わった鑑賞技を教えてくれたのは、別府の歴史に詳しい永野康洋さんだ。
晴れた日の館内には、アーチ形や丸形など、珍しい形の窓から差し込む光が心地よい。飾り格子のシルエットが際立ち、思わず見入ってしまった。
「普段は鍵がかかっているけど」と言いながら、永野さんは屋上に案内してくれた。別府市街をぐるりと一望できる屋上には、強い風が吹いている。海から山へ、別府湾の向こうまで綺麗に見渡せる絶景だ。建物の壁には、○や×の模様などがレンガで形作られている。
「この公会堂を作った後、逓信省の技師だった吉田は、東京中央郵便局などの堅い仕事ばかりになったんですよ。僕が思うに、吉田は自由に設計できるこの建物に、やりたかったことを色々盛り込んでみたんじゃないかな」と永野さん。遊び心があちこちに散りばめられたこの建物のことを、知れば知るほど微笑ましい気持ちになってくる。まるで「みつけてごらんよ!」と設計者から挑まれているようだ。
建設当時は現存する大ホールの他にも、ビリヤード場や大食堂、温泉まであり、複合娯楽施設として大いに賑わったのだという。建設当時から残る、まるでアンティーク家具のような大ホールの椅子は、渋く黒い光沢を放っている。その木目に心を奪われつつ、腰かけ部分を手前におろして座ってみる。今の椅子よりも横幅が随分と狭いのは、当時の人の体格に合わせて作ったからだろう。昭和初期からずっとずっとこの場にあり、幾人もが腰かけてきた椅子に座るのは感慨深く、自然と背筋が伸びる。10年前、20年前、50年前も誰かが座り、今後も座り続けていくだろう椅子。思わず歴史の深さと時の流れに思いを馳せた。
別府市公会堂
ベップシコウカイドウ
住所 | 〒874-0908 別府市上田の湯町6番37号 |
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営業時間 | 9:00-22:00 |
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電話番号 | 0977-22-4118 |
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駐車場 | 60台 |
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