女将を見守る桜の木

別府石*が積み重なった塀から古い屋敷を見つめていると、「こんにちは」と小さな女の子に声を掛けられた。挨拶を返し、玄関へと続く砂利道を進む。春にはさぞかし綺麗な花が咲くであろう、桜の木はアーチのように枝を伸ばしている。タイル貼りの玄関から上がり「こんにちは」と誰もいないフロントに声を掛けると、先ほどの女の子が座っている。少し戸惑いながら温泉に入りたいと伝えると、すぐに女将がやって来て浴室へと案内してくれた。

 

 

黒光りする廊下を進んで風呂場の引き戸を引くと、思いがけず明るい光が漏れ出して来る。風にそよぐ庭木を眺めながら湯船に浸かると、やわらかい湯気が次第に空気に溶けて温かく周りを包んでいく。さわさわという葉ずれの音に混ざって、子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。和やかな笑い声を聞いていると、なんだか懐かしいような、おばあちゃんの家に遊びに来たときのような気持ちになった。

 

 

山田別荘を訪れるお客様を最初に通すという洋間で、湯あがりの体を休ませていると「いかがでした?」と女将。建物について尋ねると、昔の写真や新聞記事が詰まったスクラップブックを見せてくれた。女将の曾おじいさんは北海道で働いていて、温暖な気候と温泉が気に入ってよく別府を訪れていた。寒い所での生活で体調を崩した曾おばあさんのためにこの別荘を建てたのだという。その後「くつろぎの温泉宿 山田別荘」を営むようになったそうだ。

「古い建物が良いってみなさん言ってくれますが、古いだけあって冬場寒かったり、大変なこともあるんですよ」と笑いながら言う。

 

 

築80年以上の建物を維持し続けるのは、苦労もあり悩んだ時期もあったそうだ。そんなとき、この建物の歴史や残すことの意味を教えてくれた人がいて、考えを改めたという。

「曾おじいさんがこの別荘を建てたときも、当時の最先端のものを集めて作ったんだから、今の時代の便利なものを取り入れて、残すべきところは残すっていう選別が少しずつ出来るようになってきたかな。普段と違う時間の流れ方を感じられる空間に出来たら良いな」という女将にお礼を告げ、靴を履くために腰掛けた土間の後ろから、かわいい姉妹がお見送りしてくれた。「バイバイ」小さな手を振る女の子と一緒に、桜の木も枝先を揺らしてくれた。

 

 

*別府石…鶴見岳の噴火による土石流で運ばれてきた岩石

くつろぎの温泉宿 山田別荘

クツロギノオンセンヤド ヤマダベッソウ

住所別府市北浜3-2-18
営業時間10:00〜15:00
(※立ち寄り湯。入浴ができない場合があるので電話で確認を)
休日なし
電話番号0977-24-2121
駐車場7台
オススメ
商品
立ち寄り湯 大人500円/子ども250円