駅からほど近くにある西方寺通り。雰囲気も明るく、歩きやすい通りの左右には、たくさんの飲食店が軒を連ねていた。せっかく旅行に来たのだから、少しおしゃれして、背筋が伸びるお店に入ってみたい。そんな気分で「辿」と書かれたお店への階段を上がった。

黒で統一された店内は広く、奥には個室もあるようだ。カウンターには大きなまな板と鉄板。「その日のおすすめを出しているから、メニューに載っていないものもあるし、家庭では食べられないようなものを置くようにしています。魚介類は地のものを多く仕入れ、野菜は博多や京都から取り寄せています」。鉄板の上で、手際良く次から次へと焼かれていく魚介類は、眺めているだけで食欲を刺激される。シンプルな時ものが食べたいと伝えると、はまぐりの酒蒸しをすすめてくれた。身は大きくてふっくら、ぷりぷりしており、旨みがたっぷり凝縮された蒸し汁は最後までのみたくなるほどだった。

以前は福岡でお店をやっていたというオーナーは、思い出深い地元でお店をやりたかったからと、同級生の営むお店が1階にあったことをきっかけにここにお店を構えた。オーナーと話している間に1人で来店した男性は、カウンターに座ると慣れた様子でフォアグラとそれに合わせたワインをオーダーした。そんな大人の所作がしっくりとくる雰囲気のお店だ。大切な時間を過ごしたくなるようなお店ですね、と告げると、「そうでしょう。そういうお店を作りたくて」と、うれしそう。

「カウンターと厨房に境目を作らないようにしているんです。調理しているところも、全部見てほしいから」。そう話しながら刺身包丁で手早く魚の身を切る手元に、思わず見惚れてしまう。大きなまな板ですね、と言うと「あ、これはまな板じゃないんですよ、上にのっているのがまな板。これは、カウンターを作ったときに切った杉の木の残りで作ったんです」。この杉は樹齢80年、乾燥20年。1世紀の歳月を経て、お店の大切な一部となっているのだそうだ。「丁寧にお客さんと接していきたいから。お互いの顔が見える距離感でやっていきたいですね」。オーナーの言葉を胸に、店を出る。特別な時間を過ごしに、次にくる日を楽しみに。