そっと寄り添うパン屋さん

百日紅(さるすべり)並木のピンクに彩られた東荘園の坂道を登ると、右手に一軒のパン屋さん「P’an Crust」が目に入った。芳しいパンの香りと、淡いグリーンの壁紙が心をくすぐる。

 

 

 

ほぼ同時に店内に入った中年女性のお客さんは常連らしく、慣れた手つきで、竹製のカゴに胚芽パンを10個近く乗せて、レジに持っていく。「このパンはな、冷凍庫で保存しておいて、朝にヨーグルトやフルーツと一緒に食べたら最高なんや」と笑って、颯爽と出て行った。

 

 

「みなさん『東荘園のパン屋さん』って呼んでくれています。それがうれしいなぁ」そう話すのは、店主の渡辺英道さん。2011年にオープンして以来、妻の百恵さんとともに二人三脚で経営している。

 

 

小さな坪数ながら、今までに考案されたメニューは約50種類あるのだとか。お惣菜パンや季節のくだものが練り込まれたパンも並ぶけれど、胚芽パンを始め、食パン、コーンパン、クルミパンなど、食卓で毎日食べられるシンプルなパンが、手頃な値段で充実している。

 

 

どこに店を出そうかと物件をいろいろ巡っていたのだけど、なかなか見つからなかったという渡辺さん夫妻。たまたま市内に移転したお花屋さんを訪れる途中に、偶然ここのテナント募集を見つけたのだそう。英道さんと百恵さんは「今、ピンと来んやった?」「来た、来た」と、目を合わせた。

 

 

英道さんがパン作りの世界に飛び込んだのは、高校卒業後。何の気なしに見つけた求人票が別府の老舗パン屋さんだった。「パンがたくさん食べられるかなと思って。最初の動機は単純やったよね」だからこそ、一気にのめり込んだ。イースト菌を生地に練り込むことで生地が膨らみ、釜に入れたらふかふかと可愛らしい姿で焼き上がる。「発酵という工程に魅せられて。とにかく感動した」。

 

 

5年間働いたのち、そのパン屋さんでは製造していなかったハード系のパンを勉強するため、神戸へ。震災がきっかけで大分に戻ってからは、大分市内のパン屋さんで調理の「さじ加減」を理論と感覚で身に付けていった。自分のお店を出すと決めてからは、東京や関西のパンを食べ歩き、世界で活躍するパン職人のもとへも積極的に足を運んだ。どの湿度・温度が最適で、どのくらい捏ねたらいいのか。同じレシピでも、作り手によって変わってくる。いつか食べた「小麦本来の味をひきだした口溶けのよいパン」のイメージを、今も追い続けているという。

 

 

温かみのある内装や、小柄なタイルをあしらった机には、百恵さんのこだわりが光る。パン作りは英道さんが担っているが、新作のアイデアなどは、百恵さんの存在が必要不可欠なのだとか。イメージを伝えたり、試作をしてみたりして、百恵さんから率直な意見をもらう。「女の人が食べるんだったら、ひと回り小さいほうがいい」「これじゃ味が濃いわ」そして、また試作を繰り返す。「僕がパンを作っているから偉いなんてことはない。でも、パン職人はわがままですから。妻の存在は大きいですよ」

朝起きて、仕事や学校に出かけて、帰り道に立ち寄るパン屋さん。一日の流れの中にさりげなく紛れる風景。今日は夕日がきれいだな、ちょっと気分がいいな。そんな感覚に自然に寄り添ってくれる、別府の町のパン屋さんだ。

 

P’an Crust

パンクラスト

住所別府市東荘園4-2-A
営業時間8:30〜19:00
休日日曜・祝日
電話番号0977-26-5052
駐車場3台
オススメ
商品
胚芽パン 70円