両親が鉄輪でジャズ喫茶を経営していたという女性店主の高部さん。特別に何かを教えてもらったわけではないけれど、喫茶店と住まいが同じだった高部さんにとって、コーヒーは子どもの頃から生活に馴染んだものだった。中学生になると、自分も喫茶店をやりたいと、ぼんやり夢を描いていたという。40歳になる手前、一念発起し、店をオープンした。朝8時から開いていることもあり、通勤中のサラリーマンや、観光客、地元のおじいちゃん、おばあちゃんまで、さまざまな人が訪れる。
メニューの書かれた黒板には、インドネシア、グアテマラ、メキシコ、ブラジルと各国の銘柄が並ぶ。どれにしようか悩んでいると、飲んだときに感じる重みや、苦味、酸味の特徴を、やさしく教えてくれた。中南米、アジア、アフリカ、どのお客さんの好みにも添えるように、各地域のバランスを考えて豆を取り寄せているのだそうだ。
かつてお花屋さんや洋服屋さんが入っていた店舗は、もともと全面ガラス張り。そこからガムテープの貼られたトタン壁や、風呂桶を持った温泉帰りのおばあちゃんの姿が見えたりする。「古いものと新しいものが継ぎ接ぎされて、この町にはいくつもの時代の層が重なっている。ちょっと気の抜けた景色こそが別府の面白みだと実感します」
丁寧に淹れてくれたコーヒーは、他のどの店で飲むものよりもこっくりとしていて、密度が濃い。店内を見回すと、1人でじっくりとコーヒーを味わう男性や、くつろいだ様子でおしゃべりを楽しむ女性客がいた。人それぞれにいろんなシチュエーションがあるけれど、今、この場所でコーヒーを飲んでいるという時間そのものが、何だか豊かに感じられる。
コーヒーは人の心を解きほぐし、普段は決して口にすることのない、その人の内面を引き出してしまうこともある。以前この店を訪れた1人のおじいちゃんが、高部さんにこんな話をしたという。「妻が亡くなったことを今でも受け入れられなくてね。ときどき近所のデパートに行って、家内を呼び出してもらうんですよ。そうしたら帰ってくるんじゃないかって思って」コーヒーと同じで、焦って淹れたら苦みや酸味が出てしまうけれど、時間をかければ、蒸れた豆のように想いは膨らみ、深みが増す。時間がゆっくりと流れる心地よい空間で、この1杯が自然と導く人間模様があるようだ。
高部さんは米国コーヒークオリティインスティテュート(CQI)認定のQグレーダー*。お米で例えるならば一等級の、高品質なコーヒーを提供するために、豆の栽培から、輸送、焙煎、抽出、すべての段階で質のいいものを選択していく。気象条件、栽培方法、精製方法、何ごとも気の抜けない中で、その最終段階、豆の選択、焙煎、抽出を担う役割には、とりわけ専門的な知識が不可欠だ。「でも、私がいちばん大事にしたいのは、感覚的においしいと思ってもらえること」
*コーヒーの品質を正しく評価できると認められた国際資格。
店の由来となったボードゲームのオセロには、『覚えるのに1分、極めるのに一生』というキャッチコピーがあるのだそう。「シンプルなのに、まだ解析されていない。そこが自分の道に似ているし、可能性を感じるんです。香りを嗅いだだけで酔いしれるような、気持ちが切り替えられるようなコーヒーを飲んでもらえたらいいな」そう言って高部さんはきりっと眼差しを外に向けた。
住所 | 別府市楠町13-1利光ビル1F |
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営業時間 | 8:00〜17:00 |
休日 | 木曜 |
電話番号 | 0977-88-2359 |
駐車場 | 3台 |
オススメ 商品 | インドネシア アチェ アルールバダ 400円〜 |