貸間旅館で地獄蒸しを体験

ほのかな湯気の気配を感じながら、いでゆ坂をゆっくりと上っていく。向かった先は百年以上の歴史があり貸間「大黒屋」。離れたところからでも勢い良く蒸気が立ち昇っているのがわかる。女将の安波さんは大分県由布市の出身で、今から約40年前に結婚と同時にご主人の実家「大黒屋」がある鉄輪に身を置くようになった。当時は農業に従事しながら「貸間」と呼ばれる自炊宿を営む家庭が多かったそう。「観光客の下駄の音がすごくてね。ここは表通りから少し入ったところだけど、よく響いていたわ」好きな人と一緒だったから楽しくて、環境のギャップは感じなかったと笑う安波さんだけれど、最初のころは近所の共同温泉に入りづらかったのだそう。「初対面が裸って、普通ないでしょう。でも、温泉に浸かると体が癒されて、幸せな気持ちになって…。他の人にも親切にしてあげたいって思うんじゃないかな」

 


「大黒屋」の庭には、「地獄釜」と呼ばれる釜がいくつも並べられていた。これは温泉の泉源から噴出する高温の蒸気を利用したかまどであり、鉄輪の人の生活の一部になっている。「ポテトサラダとかおでんとか、いろんな料理に釜を使うのよ。まだ道がコンクリートや石じゃなかったころは、子どもたちが地面を棒で掘って蒸気を出して、サツマイモを埋めていたんですって」遊び疲れたころ、黄金色に蒸されたサツマイモをみんなでほおばっていたのだろう。地獄釜をつかって蒸気で蒸された「地獄蒸し」は、素材の旨味が凝縮されていて、そのまま食べてもとても美味しかった。「孫がたまに食べるおやつは、手羽先の地獄蒸しなのよ」と、安波さん。

 


敷地内は、場所によっては下に温泉管が通っているそうで、立っていると足裏がじんわりと温かくなっていくのを感じる。「冬になると、猫がずらっとここで寝転ぶのよ」。見渡すと、あちらこちらから蒸気が噴き出している。その様子が幻想的で、圧倒的で、自分がどこにいるのかだんだんわからなくなってくる。遠くから聞こえるバイクの音に、はっとした。「鉄輪は、異次元な場所。時間の流れも違うし、心が癒される場所だと思う」鉄輪は、猫にとっても人にとっても、天国なのかもしれない。

 

大黒屋

ダイコクヤ

住所別府市鉄輪上 3
休日なし
電話番号0977-66-2301
オススメ
商品
1泊3,300円〜(食事なし) / 7,400円〜(地獄蒸し付)