かも吸とおさけの相合傘が書かれたちょうちんに惹かれ、「チョロ松」ののれんをくぐる。カウンターの端に腰掛け、メニューを眺めていると、「初めてですか?」と、1人で晩酌中のおじさんに声を掛けられた。「ここのお店はどれも美味しいよ。僕がよく頼むのは、からあげ、お刺身…あとはかも吸かな」。出張のたびにこちらを訪れるのを楽しみにしているのだとか。

辺りを見渡すと、お座敷で豆腐を美味しそうにほおばる小さな子どもや、グラスを掲げながら談笑する人がいた。どのお客さんもリラックスして食事を楽しんでいるようだ。
「このお店が楠港近くにあったころから通っているから…昭和30年頃かな。このお店の凄いところはね、先代から全く味が変わらないの。きちんと受け継がれているんだね。だから僕もここの味が食べたくて通っているんだよ」。常連さんたちからこのお店のことを教えてもらっていると、ふいに「ところで、かも吸はもう食べた?」と聞かれた。

鶏のもも肉を固まりごとに揚げて、包丁で豪快に叩き切っていく、奥の厨房でテキパキ働く女性が、このお店の味を守っている2代目の森さん。「きちんと教えたつもりでも、火加減1つで料理の味は変わってしまうし、お客さんにも伝わってしまう。両親から受け継いだ味は守っていきたいから、火を使うメニューは全て私が作っているの。ルーツがはっきりしたものをお客さんには食べてもらいたいから、素材は全て国産。柚子胡椒やお酢、味噌も全部手間を掛けて自分たちで仕込んでいるのよ」と笑顔で話す森さんの姿からは、誇りと気概が伝わってきた。

「かも吸」は森さんのお祖父さんの趣味が狩猟だったことから生まれた看板メニュー。注文が入ってから1つの土鍋で鴨肉、鴨の内蔵やごぼうなどを炊く。目の前に置かれたあつあつの土鍋の蓋を開け、柚の皮を中に落としてもらうと、辺りにふわっと良い香りが漂った。きりりと塩が効いた鴨の出汁に浮かんだちゃんぽん麺は、するすると胃に収まっていく。先代から変わらぬ「かも吸」の味は、また会いに来たくなる味だった。

