まちを彩る壁画たち

別府のまちを歩いていると、不思議な風景に出合うことがある。

今はもうないお店の看板が、人々の記憶を留めるように通りに立ち続けていたり、観光客を楽しませようと、軒下に所せましと手作りの品や花々を並べている家があったり。まるで生活が往来ににじみ出て、まちに溶け込んでいるかのようだ。人の手が加わっているのか、自然に生まれてきたものなのか、その境目があいまいな気がする。

そんな別府には、アーティストの息吹によって彩りを添えられた建物もある。アートを探してまちを散策すれば、ガイドブックには載っていない別府の新しい魅力を見つけることができるかもしれない。

 

別府駅から一番近い温泉、不老泉の前を通り過ぎ、古い町並みを眺めながら永石通りの手前までぐんぐん進むと、末広温泉が見えてくる。地元の方が日常的に利用する共同湯の浴室内には、2つの山の絵が描かれている。この作品は、同じ町内にあるアーティストの居住施設・清島アパートで暮らす日本画家の大平 由香理さんによるものだ。

 

 

女湯に由布岳、男湯に鶴見岳。大分県では古くから、鶴見岳は女山、由布岳は男山と呼ばれている。一見逆のように思えるけれど、そこには「お互いの存在を想う」気持ちが込められているのだそう。湯船に身体を沈めながら、淡く優しいパステルカラーで描かれた雄大な山々を仰ぎ見ると、安らぎがじんわりと身体中に広がる。

温泉からあがったら、少し濡れた髪を風で乾かしながら散策を続けよう。末広温泉から中浜通りまで引き返し、清島アパートとカトリック教会の間を進み、レトロな南部児童館を左に曲がる。古い味噌屋さんのガラス戸の中を覗きながら秋葉通りまで直進。横断歩道の向こうには、おいなりさんが祀られた秋葉神社がある。ここはこの地域を火災から守る、火の守り神らしい。お参りしてから流川通り方面に進むと、秋葉サロンと呼ばれる2階建ての建物がある。そこで立ち止まり、建物上部に目をやると、HITOTZUKI(ヒトツキ)さんの『Evidence Clouds』を発見できる。

 

 

鮮やかな青色、水色、白色で描かれた美しい壁画は、凛とした花と、波のようにも湯けむりのようにも雲のようにも見える模様で構成されている。爽やかで躍動感のある作品だ。

流川通りの緩やかな坂を下り、竹瓦温泉方面に歩を進めよう。竹瓦小路を抜け、竹瓦温泉横丁を行けば、波止場神社が見えてくる。かつては漁師町だったこの地域の航行の安全を祈り、明治3年に創建された歴史ある神社だ。その横をさらに進むと、白く大きな壁面がある。ホテルニューツルタの背面にあたるこの壁には、画家・国本泰英さんの『Scene』がある。白い壁面に淡いグレーで描かれているのは、たくさんの人影。どこかに集い、またどこか別の場所へ向かう人々の一瞬の姿を捉えた作品に、自分のシルエットを重ねてみる。

 

 

駅前通りに出ると、ひときわ高いレモンイエローのビルが正面に見える。地域に親しまれている百貨店・トキハ別府店だ。銀行や郵便局の並んだ先にある側面入口から入り、エレベーターで屋上まで上がれば、淺井裕介さんによる『海と山の間で生きている』に辿り着く。

 

 

床一面に描かれた絵は、何かの生き物のようだけれども、大きすぎてその全体像は見えない。目や耳、手足やしっぽなど、生き物の姿を想像しながら、絵の上をなぞるように、あちこち歩き回ってみる。壁にたくさんの星が描かれていることに気づき、視線を上げると、別府タワーの展望台より高い所にいることがわかった。振り返ってみると高崎山と別府湾が一望できる。さらにぐるりと見回すと、ラクテンチや鉄輪の湯けむりなど、別府じゅうの景色が目に飛び込んできた。これまで作品を探しながら散策していた別府のまちが、海と山の間に抱かれるようにひしめいている。これまでに見たことがないまちの眺望に、思わずため息が漏れる。

このまちの生活にゆるやかに溶け込む壁画たちは、他にもまだまだあるみたい。ひと休みして、また探しに行こう。

壁画プロジェクト

ヘキガプロジェクト

住所別府市内各所(末広温泉、秋葉サロン、ホテルニューツルタ、トキハ別府店)
営業時間各所によって異なる
休日各所によって異なる
電話番号お問い合わせ 0977-21-3560(NPO法人BEPPU PROJECT)
駐車場各所によって異なる