ひと呼吸し、扉を開ける。
細い通路を進むと、ガラス戸で空間を仕切られたテーブル席があり、その奥に長いカウンターがある。まるでスポットライトのような照明が棚に並んだボトルやカウンターを浮かび上がらせている。ここには夜の町の喧騒が一瞬にして消えるほどの深い煌めきがある。
カウンターの椅子に腰掛け、メニューを眺めていると「気分やお好みをおっしゃっていただければ、合うものをお作りいたしますよ」と緊張を察し、マスターの松原陽治さんが声をかけてくれた。
弱めのお酒を求めると「季節もので、いちごのフローズンはいかがですか」と勧めてくれた。それと併せて奥さんの順子さんの得意料理だというハワイアンフードのマラサダを注文。友人はレーズンバターとマティーニを頼んだ。注文に迷ったときは自分のありのままを伝えればいいのだ。
バーテンダーの背面にずらりと並んだボトルは圧巻。カクテルって一体、何種類があるのだろうと訊ねてみると、「カクテルはスタンダードなものだけでも5000種類はありますよ。世界のスタンダードですから基本の配合は同じですが、店によって違う部分もあるんです。また、我々はお客様の状態によっても変えていますよ。アルコールに強い人、弱い人、洒落て飲む人。同じお客様でも、時間帯や、すでに飲んできているときなど、ご様子を見極めて、微妙に加減しながら作っています」。そうやって、お客様1人ひとりにさりげなく細やかな配慮をしているマスターの理想は「喉に引っかからず、悪酔いしないカクテル」。シェィキングの技術や材料はもちろんのこと、氷にも理想のカクテルを作るために重要な役割があるのだそうだ。
できたてのマティーニを10分間そのままにしておくだけでも、その味に歴然とした違いが出るという。アルコール度数が強いお酒でも気持ち悪くならず、酔いながらにしてどこかスッキリとしている。隣に並んだマティーニは、透明にしてそういう全ての手間を隠す深さがあった。
ここの人気メニューだというレーズンバターはレーズンの甘みと濃厚なバターがお酒ともよく合う。マラサダはまぶしたシナモンシュガーの粒が煌めいて見た目にも美味しく、ふんわりとした食感がさらに幸せな気分にしてくれる。穏やかに酔いしれる時間。
カウンターのあるバーの1番の魅力はマスターとのお喋りだ。
マスターはもともと、大学で文学科を専攻していたという。俳句や文学の題材として、夜の世界を覗いてみたことがこの世界に入るきっかけになった。そこからバーテンダーを目指し、自分の舌を頼りに師匠を見つけ、外弟子としてその店に通いつめたという。「失敗は成功のもとというけれど、本当は失敗から何を学ぶかなんです。それを真剣に考えた人だけが立ちのぼれるんじゃないですかね。私はお客さんから教わることも多いんですよ」と話すマスターは、カウンターの中を静かに行き来し、お客さんとお喋りしている。
奥に座る若い恋人たちはカクテルのことを聞き、反対側に座る男女数人のグループは楽しげに順子さんと話している。九州を旅行中だという恋人同士はおすすめスポットを訊ね、会社帰りとおぼしき男性客はメニューも見ずに座るなりナポリタンとジントニックを注文した。それぞれに、それぞれの夜がある。
お客さんはその時間を楽しみ、心地よい酔いの中、ふと自身のことを話し出す。そんな自分自身やマスターの言葉にハッとする。ここはバーでもあり、自分の心の中であるのかもしれない。またここに戻ってこよう。
そう思いながら外への扉を開けた。
住所 | 別府市北浜2丁目7-31 |
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営業時間 | 19:00〜2:00 |
休日 | 日曜 |
電話番号 | 0977-26-5212 |
駐車場 | なし |
オススメ 商品 | カクテル各種1000円〜 レーズンバター1000円 マラサダ300円 ※税抜き |
その他 | チャージ料金 500円 |