別府駅前通りを歩くときは、なぜか背筋が伸びる。時折、店のウインドウガラスに歩く自分の姿が映るからだろうか。

ひときわ大きなガラスの向こう側に飾られた、艶やかなドレスに目を奪われて足を止めた。見上げると、『エッチ美容室』と書かれたピンクの看板。旅先で美容室に立ち寄る事はあまりないけれど、店頭にディスプレイされた『八湯せっけん』と『べっぴん泉』が気になり、お店の中に入ってみることにした。

｢これらは別府温泉を使って作ったものなんですよ。よかったら手に取ってみてください｣と声をかけてくれたのは、林 昌治さん。昭和7年の創業以来、地元の人々に長く親しまれてきたエッチ美容室の3代目だそうだ。

｢別府には八湯あるということを知ってほしくて作り始めたんです｣そう話す林さん。湧出量日本一、源泉数は2000箇所を超える別府には、明礬･鉄輪･柴石･亀川･堀田･観海寺･別府･浜脇の8つの温泉郷があり、それを総称して『別府八湯』と呼んでいる。泉質もさまざまで、個性豊かな温泉をめぐることができるのも、湯のまち別府の楽しみ方の1つなのだという。『八湯せっけん』には8種類あり、それぞれに8つ温泉郷の異なる泉質の温泉水が練り込まれている。

幼い頃から自宅に温泉があったという美容師の林さんが、温泉を活用して化粧品作りを始めたのは2000年の頃。別府市で開催された『ONSEN文化国際交流ミーティング』に参加し、世界の温泉地の方々と交流したことがきっかけだったという。

｢日本では温泉は入浴にしか利用されていません。しかし世界の温泉地では、温泉で治癒したり病気予防する温泉療養が発達していたり、泥湯や温泉水を使った化粧品もたくさんあるんです｣と、世界の温泉事情に興味を持った林さんは、イタリアの温泉地へ行き美容知識を身につけたという。それをもとに開発したのが温泉水を使った保湿ミスト『べっぴん泉』だ。

｢日本の温泉はヨーロッパの温泉に比べてミネラル成分の含有が高いと言われています。特に別府ではさまざまな泉質がありますから、保湿効果の高い市販の化粧水の配合バランスに近い温泉もきっとあるはずと考えて、市内の源泉を1つひとつ訪ねました｣。林さんの探究心と大地の恵みから生まれた『べっぴん泉』は、特許技術である光触媒フィルターを施したスプレー缶に詰めることによって酸化を防ぎ、その浸透効果を高めている。普段使う化粧品と併わせて使えば、さらにその成分の浸透力も増すという。

温泉を使ったもう1つの化粧品『八湯せっけん』も、林さんの入念な調査と研究の末に生み出された商品だ。｢温泉がいいと言っても、人によってその良さが違うんです。たとえば、硫黄泉は皮膚病にいいと言われていますが、保湿効果は低いものが多く、『べっぴん泉』には不向きなんです。でもせっけんにすると、さっぱりとした洗い上がりになるので男性にもおすすめしています｣と語る林さん。『八湯せっけん』は、あちこちの源泉から温泉を汲んできては自宅の台所で試作を繰り返して開発したという。｢全く同じ配合でも、一度に大量に作ると失敗してしまうんですよ。だから少しずつしか作れなくて。温泉は不思議ですね｣。林さんの温泉知識は深く、その力を最大限に活かす商品作りに日々励んでいるのだそう。また、エッチ美容室では別府の温泉泥を利用したエステプログラム『ファンゴティカ』も受けられるという。温泉の力は計り知れない。

「先日、せっけんをご購入いただいた方から電話があったんですよ。使い心地がいいと喜んでくださって、とても嬉しかったですね。最近は、せっけんだけを買いに立ち寄られる観光客の方も増えました。聞かれれば温泉の効能などをお答えしますけど、まずは色や名前などから直感で選んでいただいて、別府八湯のことを知っていただけたらと思っています」。桶の中から、自宅で楽しめる小さな別府を買って帰った。