誰かのことを思う時間

 

別府駅から歩いて2分ほどのところにある、老舗の文房具店。近づいてみると、駐車場の隅に建てられた青色の四角い案内板と、ファザードに掲げられた赤、黄、水色、緑色の細長い棒状の装飾があることに気がついた。よく見ると、それらは消しゴムと4本の色鉛筆。何ともチャーミングな外観だ。

 

 

店内に入ると、色とりどりのペンやマジック、絵の具、レターセットなどが、ひしめきあうように並んでいる。子どもの頃、お小遣いをはたいて夢中になって集めていたシリーズから、高い機能性を売りにした新製品まで実に多様で、その種類の豊富さに思わず感動してしまう。

2017年に創業90周年を迎えた『明石文昭堂』では、3代目社長の明石泰信さんと、その奥さんであり店長の智子さんが、にこやかに接客をしている。

 

 

店の歴史は昭和2年まで遡る。初代社長の明石泰良さんが、妻・静江さんの故郷である別府で創業したのが始まりだという。『明石文昭堂』の「昭」は昭和の意味で、「新しい時代を担う文房具店」という思いが込められているとか。当時、湯治場として栄えていた別府には、画家や文筆家も数多く訪れていた。この店はそんな文化人たちの御用達だったのだろう。

 

 

2代目社長の忠良一さんと妻のキヌさんが店を継いだ頃は、芸術を学ぶ高校(大分県立芸術緑丘高等学校)が別府にあった。そこに通う、芸術家を志す学生たちが頻繁に足を運んだという。

 

3代目社長の泰信さんは、そんなおじいさんやお父さんの背中を見ながら育ち、幼少期には油絵の具を店頭に補充する手伝いをしていたのだとか。

 

 

泰信さんが社長に就任したのは1998年。80周年にあたる2007年には、別府八湯の風景から着想を得た8色のオリジナルインクを、90周年の2017年には別府湾をイメージした鮮やかな青色をベースにした記念万年筆を作った。泰信さんの心にはいつも、生まれ育ったこの町の景色がある。

 

 

「お客様への感謝の気持ちを伝えたくて、これを作ったんです」と泰信さんは、二つ折りのハガキサイズの紙を手渡してくれた。開いてみると、白いシンプルな便箋に手紙が書かれている。心が込もった丁寧な文字で《相手のことを思って筆を持つこと、ひとつひとつの文字に思いを込めること。書くということは誰かのことを思う時間なのだと感じます》と書かれているのに心を打たれた。泰信さんは穏やかな微笑みを浮かべて「これは、僕がお客様への感謝の気持ちを綴った手紙をモチーフにデザインしたパンフレットなんです。90周年を迎えるにあたって、お配りさせていただきました」。

 

 

そんな泰信さんの姿を見ていた智子さんが「私も書いたのよ」と、そっと立てかけられたパネルを指差した。鮮やかな青色のインクで綴られた手紙は、初代社長と2代目社長に宛てたものだった。料理が好きな2代目社長・忠良一さんの人柄を現すエピソードとして《魚の煮付けは“磯の味がするように煮付けんとな”といつも言っていました》と書かれていた。インクの濃淡が美しく、肉筆特有の味わいがある。1文字1文字の温かみが読む人の心に染み入り、活字やメールでは得られない感動を覚える。

 

 

「大きなお店ではないので、種類はそれほど多くないけれど、どんな商品でも探して取り寄せることができます。お客様の繊細なこだわりに、なるべく寄り添える店でありたいですね」と泰信さんは、誇りを持って話してくれた。

 

文房具にまつわる知識が豊富な娘の佳子さんは、売り場でにこやかにお客さんの相談に乗っている。泰信さん同様、子どもの頃から文房具屋を営む両親を見て育った佳子さんは、最近のお気に入り『そえぶみ箋』を勧めてくれた。別府をモチーフにした可愛らしいイラストが添えられた、『明石文昭堂』のオリジナル商品なのだという。

 

 

「この町で見た風景や感じたことなど、ちょっとした思い出を綴ってもらえたらうれしいです」佳子さんの笑顔に後押しされて、ほかほかと湯気をあげる地獄蒸しプリンのイラストの『そえぶみ箋』を買うことに決めた。

家に帰ったら、これで短い手紙を書いてみよう。ほんのささいな出来事や小さな出会いも、自分の文字で、自分の言葉で心を込めて書き記すことで、いつか鮮やかに思い出されるときが来るのかもしれない。

明石文昭堂

アカシブンショウドウ

住所別府市駅前町11-10
営業時間月〜土曜:10:00〜18:30/日・祝:10:00〜18:00
休日第3日曜(セールの時は変動あり)、年末年始・GW・盆休あり
電話番号0977-22-1465
駐車場12台
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商品
オリジナルインク各種 2,000円(税別)