今のやり方で

 

昼間はのんびりしていた町も、夜が近づくにつれ違う表情を見せはじめる。吹き抜けていく風に押されるように路地に入ると、ぽっと明かりが灯る『ふくや』と書かれた小さな店を見つけた。

 

 

「温泉あがりであちぃけん、今日はもう半袖で来たんよ」

少し勇気を出して店に入ると、常連らしい女性客の明るい声が聞こえてきた。開店直後にもかかわらず、カウンター席いっぱいにお客さんが座り、それぞれ談笑している。カウンターの中には誰もいない。お店の人はどこにいるのだろう? と思ったそのとき、奥の扉が開いて、エプロン姿の女性が戻ってきた。「いらっしゃい。この席もうすぐ空くけん、ちょっと待ってね」。どうやら先客が1組帰るタイミングだったようで、入れ替わりに席を案内してくれた。

 

 

この界隈は元中央市場と呼ばれており、第二次世界大戦後、大陸からの引揚者が多く居住していたという。新しい時代を生きていく人たちの生活の場として、この一帯には多様な店舗や住居が建ち並んだ。

『ふくや食堂』を創業した初代もまた、戦後まもない昭和23年、別府を新天地に選び、商売を始めた夫婦だった。永石通りから繁華街に向かって屋台を引いて、うどんを売り歩いたのが店の始まりだという。

 

 

2代目が店を受け継いだ頃は、夜の時間を楽しむ大人たちで繁華街が溢れかえっていた。とりわけ2代目の奥さんは高齢で引退するまで、長い間「ふくやのお母さん」として、足繁く通う地元のお客さんたちに愛されてきたという。現在は息子夫婦が3代目を担っている。『ふくや食堂』は3世代に及ぶ歳月の中で、日々、地域の人たちや観光客を温かく迎え入れてきた。

 

 

代々『ふくや食堂』では、表に立って店番をするのは奥さんの役割。ご主人は、向かいの棟にある炊事場で材料の仕込みや調理をするのが仕事。この店で一番愛されているのは、何と言ってもカウンターの中央に堂々と鎮座している「おでん」だ。約20種類あるというおでんダネが四角い鍋に並び、ことことと揺れている。

湯気の向こうのお品書きと目の前のおでん鍋を見比べながら、大根、たまご、すじを注文する。

 

 

「すじは牛肉とアキレス、どっちがいい?」

奥さんは手際よくお皿に具を盛ってくれた。小さな壺から辛子をスプーンですくい、皿の端に擦り付ける。だし汁にたっぷり浸かっていたおでんダネは、どれもいい色に染まっている。

「あそこのマッサージ屋さん、初めて行ったんやけど気持ち良かったなぁ」「あぁ、それやってるの、私の友達なんよ」

常連客と奥さんの会話に耳を傾けながらおでんを食べていると、この町に溶け込んでいるようで心がほぐれる。

 

 

以前は0時を過ぎても店を開けていたという。仕事終わりの人たちにとっては、日付の変わり目からが「自分だけの特別な時間」。「お客さんから『昔と変わらないね』『懐かしい味だね』と言われることが多いけれど、実はそんなに深くこだわってないんよ。今は今のやり方でやってるだけね」とさらりと話す奥さん。それでも「何十年間も『ふくや』の味を知っている人が『おいしい』と私に言ってくれることが、何より嬉しいんよ」と、少しはにかんだ笑顔を浮かべる。

 

 

「ごちそうさまでした」と告げると「ありがとう」という声とともに、ぱちぱちと珠を弾く音が響く。おでんの串を数えながら、年季の入った五玉のそろばんで勘定する奥さん。「足し算ばっかりだから簡単よ」と言いながら軽やかに珠を弾く、その手つきに見惚れてしまう。

 

 

「店も生活も同じ線上」というのが、奥さんにとっての『ふくや食堂』のあり方。帰りがけに「あなたの町にも、きっとこんな店あるでしょう。たまにその店に、ふらっと通ってみるのもええんやないかな」と話してくれた。

ふくや食堂

フクヤショクドウ

住所別府市元町3-8
営業時間18:00〜00:00
休日日・月曜
電話番号0977-21-0403
駐車場なし
オススメ
商品
おでん各種 130円〜