ここは、恵みの温泉よ

 

永石通りの五叉路近くを歩いていたら、赤銅色の屋根を持つ木造の建物を見つけた。信号を渡って正面に回ってみると、素朴ながらも立派な出で立ち。木枠の窓の隙間からは、ふわふわと湯気が上がっている。

 

 

『永石温泉』と掲げられた緑色ののれんをくぐって、番台さんにご挨拶。初めて来たということを察したのか、のれんの文字を指差して「これで『なげし』っち読むんよ。珍しいやろ?」と教えてくれる。その手元を見ると、爪には赤いマニキュアが綺麗に塗っていた。番台さんの雰囲気と相まって、なんとも可愛らしい。

「昔、地元の人がここを掘ったら、いいお湯が出たんよ。それがこの温泉の始まり」。

 

 

この温泉は、時代によってさまざまな呼び名があったらしい。その昔、ここで温泉が湧き出たとき、みんなでその活用法を思案したという。すると、地元の大工さんや職人さんが集まって、一夜のうちに木造の建物を建て、小さな共同浴場が完成した。それが『一夜温泉』の名前の由来なのだという。なんだか民話みたいな話だ。受付に飾られていた『一夜温泉』と呼ばれていた頃の写真に写っている人たちは、みんな誇らしげな面持ちをしていた。

 

 

浴場への戸を開ける直前、「ここのお湯はあっちぃけん。ザボンと入ったらだめよ」と、アドバイスをもらった。お礼を言って中に入ると、すぐ目の前が脱衣場になっている。階段を降りていく構造だからか、いっそう天井が高く感じる。水色のタイルが貼られた浴槽には、溢れんばかりのお湯。その表面には、おぼろげに湯気が揺らめいている。

 

 

先客のおばあちゃんは、お湯の中で腕をまっすぐ前に伸ばして、両手を握ったり開いたりしている。「こうやって手を動かさんと、硬くなる一方やからね」と、おしゃべりしながらも手の運動を休まない。聞けば、もう85歳なのだとか。「熱かったら水道も使いよ。ごゆっくり」と言い残して、軽やかな足どりで浴場を去っていった。

 

誰もいなくなった浴槽からお湯をすくい、少しずつ手足に馴染ませる。熱めのお湯にゆっくりと身を沈めると、高い窓から差し込む陽光もあいまって、とても気持ちがいい。何気なく腕を撫ぜてみると、心なしか肌ざわりがスルスルしているように感じた。

しばらくすると、また1人おばあちゃんがやってきた。話を聞くと、子どもの頃から「永石一筋」なのだという。「赤ちゃんだって温泉に入るんだから。たらいにお湯を汲んで、水でうすめてね。それをお母さんが手のひらですくって、赤ん坊のお腹にかける。そんなことやってた時代もあったんよ」と、昔の風景を話してくれる。

いろんな呼び名で親しまれながら、いくつもの時代の人たちがこの温泉に浸かってきたのだろう。いつの頃から見守っているのか、脱衣場のそばには木製のベビーベッドが備え付けてある。

 

 

お風呂上がりに番台で押してもらった入湯記念のスタンプには、五叉路のまん中から見た温泉の外観がデザインされていた。

外のベンチで休憩していると、同じく湯上りのお母さんが「最近雨が少ないね」と話しかけてくれた。「雨が降らないと、温泉の量が少なくなるんよ。『恵みの雨』っていうでしょ。あれと同じ。ここは『恵みの温泉』よ」。この町は温泉の恵みを受け、温泉とともに暮らしている。

永石温泉

ナゲシオンセン

住所別府市南町2-2
営業時間6:30〜22:30
休日年末大掃除日(不定)
電話番号0977-26-5789
駐車場なし
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入浴料 100円