亀川は古い歴史を持つ海辺の温泉街。もともと豊前や小倉への交通の玄関口として栄えていたこともあり、地元だけではなく遠方からも多くの温泉客が訪れ、賑わっていたという。
どこか懐かしい雰囲気を漂わせる亀川商店街を歩いていると、『亀陽泉』という温泉の名前らしいバスの停留所があった。その先の曲がり角の方に目をやると、『亀陽泉』はすぐに見つかった。穏やかな風に吹かれて、紫色ののれんがふわりと揺れる。

『亀陽泉』は、中世に起きた災害によって一度は埋まってしまったのだけれど、明治になって再び発見されたという。明治以降は『亀川新湯』とも呼ばれ、地域住民にいっそう親しまれてきた。明治後期には、当時まだ珍しかった2階建ての情趣ある浴場が建てられた。砂湯や滝湯、蒸し湯などの施設も充実しており、2階には休憩所と料亭もあったという。

ロビーには昭和初期に壮大な浴槽を有し、『千人風呂』という名前で親しまれていた頃の写真が飾られていた。
昭和40年には2階建ての鉄筋コンクリート造りへと改築され、1階が浴場、2階が地元の集会所となっていた。現在の建物は平成28年に新築されたもので、お年寄りや車椅子に乗る人でも利用しやすいバリアフリー構造だ。「昔の雰囲気もよかったけど、こう歳をとってくると、足腰に負担がかからんのが一番いいんよ」と、常連のおばあちゃん。

新築されてまもない建物は、ほのかに木の匂いが感じられる。窓枠や照明など、いたるところに亀甲型や亀のイラストがちりばめられていて、見つけていくのが楽しい。のれんに描かれた亀のイラストは、近所の中学校の生徒が描いたものなのだという。入浴料を支払うと、番台さんが「お風呂浸かって、のんびりしていきよ」と、一言添えてくれた。
やはり亀甲型の浴槽でゆっくりとくつろぎながら、この温泉が辿ってきた歴史を改めて思い返す。姿形は移り変わっても、この土地に湧くお湯を地域の人々が大切に共有してきたということは、いつの時代も変わらない。『亀陽泉』は亀のように、これからも長く愛され続けていくのだろう。
