ありのままをお客さんに

 

 

やよい天狗通りのアーケードを抜けたら、1軒のお菓子屋さんを見つけた。『さんしゅう堂』と看板のある、赤いレンガ調の店構えに惹かれて「こんにちは」と声をかけると、キャスケットをちょこんと頭に乗せた女性が迎えてくれた。

 

 

ガラスケースには、シュークリームやアップルパイ、果物のタルトなど、焼き物の洋菓子が充実している。手書きのポップも味わい深くてかわいい。

まるで子どもの頃に戻ったような気持ちで、どれにしようか、色とりどりのお菓子をうっとりと眺める。「アップルパイはどう?」と勧めてくれたのは、店主の樫山 冨士子さん。

 

洋菓子の店『さんしゅう堂』は創業明治13年と、その歴史は長い。樫山さんのお祖父さんにあたる初代・浜野イシさんが讃州(四国の香川県)から九州に移り住み、新天地での商いを始めたことにお店の名前は由来する。

和菓子店『讃州堂』としてオープンし、樫山さんの叔父さんはお祖父さんから和菓子の技術を引き継ぎ、お父さんは洋菓子を新たに習得した。そうしてお祖父さんと兄弟が一緒に営んでいたが、やがて和菓子店と洋菓子店にそれぞれが独立して店を構えたのだという。樫山さんは3代目として、洋菓子店『さんしゅう堂』をお父さんから受け継いだ。

 

 

観光客で町が最も賑わっていたころは、お父さんと樫山さん含む5人の姉妹に加え、職人さんも一緒に働いていた。週末や祝日になると、結婚式の引き出物の注文も多く、1日200個以上ものお菓子を配達することもあったという。そんな折、お父さんが病に倒れ、樫山さんがお店を継ぐこととなった。

「父の仕事姿はよく見ていたけれど、見ているだけでは、わからないことだらけでね」。営業の合間を縫って九州各地や東京まで講習に出かけて勉強したという。お菓子づくりはタイミングや分量など、少しの差でもまったく違う結果になってしまうほど繊細。樫山さんは何度も失敗を重ねながら、1つひとつレシピを習得していったのだそう。

「バターはつくし、粉はかぶるし、服は汚れるし、現実は大変なんよ」華やかなお菓子が店頭に並ぶまでには、樫山さんの数々の苦労がある。

 

 

「パイはね、せわしなく折ると、層が上手にできないの。この年齢になってもまだ失敗することがあるのよ」それでも、樫山さんは手作りにこだわっている。「結婚を機に違う仕事をしようと考えたこともあったんよ。でも、やっぱりこの仕事が好きやったんかな」と照れくさそうに笑った。ご主人も縁の下で献身的にサポートをしてくれているのだそうだ。

 

おすすめしてもらったアップルパイを注文すると、「ここで食べていってもいいんよ。紅茶淹れてあげるから」と樫山さん。その言葉に甘えて、店の隅の腰掛けに座って店内でいただくことに。

 

 

何層にも重なったさくさくのパイ生地に、ごろんとりんごの実が贅沢に詰まっている。しっかり甘いのだけれど、噛みしめるごとに果実の酸味を舌に感じる。樫山さん曰く、りんごは旬の時期にまとめて八百屋さんで購入し、砂糖で煮て、瓶詰めにして保存しているのだとか。そう言われて店内を見回すと、りんごの瓶が棚や厨房に所狭しと並んでいる。

 

 

「おいしいって言って、また買ってくれるとうれしいやない。そりゃあもう、自分を認めてくれたってことやからね」。そう言って樫山さんは、ガラスケースの中のお菓子たちを愛おしそうに見つめた。

 

洋菓子の店 やよい町 さんしゅう堂

ヨウガシノミセ ヤヨイチョウ サンシュウドウ

住所別府市元町1-15
営業時間12:00〜19:30
休日不定休
電話番号0977-23-3770
駐車場1台
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商品
アップルパイ 270円