特別な日じゃなくても、いつ訪れても

 

別府駅の近くに、ちょっと変わったアートな商店街があるらしいと聞き、行ってみることにした。駅の西口を出て線路沿いに3分ほど歩くと、『北高架商店街』の看板前に辿り着いた。壁には悠々と羽を広げている鳥の姿が描かれている。不思議な世界の入り口に立っているかのようで、少しどきどきしながらひんやりと薄暗い商店街を歩き始めた。

 

 

『ReNTReC.』は、日名子 英明さんが営業するレコード店。洋楽・邦楽のジャンルを問わず、レコードやCD、音楽・文化にまつわる書籍などが所狭しと置かれている。今まで聴いたことのない音楽でも、知識の豊富な日名子さんが1つ1つ丁寧に教えてくれる。

 

 

日名子さんは生まれも育ちも別府。「生まれ育った別府で生きていくという選択をしたからには、この場所で何かをつくっていかなきゃいけないと思った」と話す表情は、穏やかながらもしっかりと未来を見据えていた。

 

「ぜひ見てほしい」と、店を出て、日名子さんが案内してくれたのは、商店街の中ほどにある『つばめ図書館』だ。さまざまな場所から集まってきたという絵本やマンガ、写真集や雑誌が仲良くゆったりと並べられている。「最近できたて」という本棚からは、新しい木材の匂いがほのかに漂った。

 

 

この図書館は2012年に、この商店街を遊び場としていた姉弟2人のアイデアで生まれたのだという。春になると毎年、商店街でたくさんのつばめが生まれることから、お姉ちゃんが『つばめ図書館』と名付けたのだとか。最初は小さな本箱から始まり、少しずつ増えていったので、知り合いの大工さんが立派な本棚を作ってくれたのだそうだ。ルールは、その場で読んで返すこと。「不思議なことに、ここの本がなくなったことは今まで一度もないんですよ」と、誇らしげな日名子さん。

 

 

 

「みんなが自分らしくいられる場所が、こういうところにできたら面白いじゃないですか」。

人が人を呼ぶ、緩やかなつながりの中で、『北高架商店街』は、年月を重ねるごとにゆっくりと進化してきた。ふと桜の花の街灯に見惚れて、足を止める。作家さんが季節ごとに花の種類を入れ替えるのだそうで、夜でもほんのり道を照らしてくれるのだとか。

 

 

街頭のアーチの中に入り口を持つ『別府Ontenna(オンテナ)』の三浦 温さんは、洋服の仕立てやリメイクをしている。温さんは東日本大震災を機に「人と違うものをつくること」「『かっこいい』『かわいい』と素直に感じること」の大切さについて考え、1つの提案として手作りのファッションショーを立ち上げた。準備の際、ショーの音楽を日名子さんに相談したことがきっかけで、この商店街に店を構える運びになったという。「ここは誰かがプロデュースしているわけではなく、自分たちが自然発生的にやっている商店街。だからこそ、通りかかった人たちが面白がってくれるのかも」。

 

 

温さんがファッションに興味を持ち始めたのは小学6年生の頃。大好きなおばあちゃんに和裁、洋裁の技術だけでなく、「思ったものを形にする」という情熱を教わったのだという。「私には今、家族がいて、子どもがいる。それでも自分がこれを形にしたいという想いがある限り、生半可な気持ちではできないよね。そしてその想いを、自分もおばあちゃんになるまで持ち続けたいんです」向かいには、もとは美容室があったという。オーナーが高齢だったこともあり、『別府オンテナ』のオープンと入れ替わりで閉店してしまったという。そのオーナーさんが「がんばってね」と握手を交わしてくれたことも、温さんの原動力になっている。

 

どこからか、女の子たちの笑い声が聴こえる。かくれんぼをしたり、内緒のおしゃべりをしていたり、商店街は子どもたちの気ままな遊び場にもなっているようだ。『北高架商店街』は、その日、その時に訪れた人と人との出会いで、日々新しい物語を紡いでいるようだった。

 

 

2012年から始まった毎週土曜のフリーマーケット「スローリーマーケット」や、夏季に開催する「夕涼み会」は、地域の人も旅人も集まる大切なイベント。「特別な日じゃなくても、いつ訪れても同じ空気だと感じてもらえるように。それがこの場所にとって最良のあり方かな」と、日名子さんが話してくれた。1人ひとりがもともと持っている心の豊かさをぎゅっと濃縮したような、唯一無二の商店街がここにある。

北高架商店街

キタコウカショウテンガイ

住所別府市駅前本町9-20
営業時間各店舗で異なる
休日各店舗で異なる
電話番号0977-76-5584(ReNTReC./日名子)
駐車場なし
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スローリーマーケット 毎週土曜11:00〜