物語を紡ぎ続ける喫茶店

とある午後3時半。カウンターでママさんとお話する男性、おしゃべりに花が咲くお姉さんたち、休憩時間だろうか遅めのランチにたまごサンドを頬張るエプロン姿の女性。入り口にほど近い場所では、大きなすっぽんが水面に顔を出していた。明るすぎず暗すぎず、シーリングファンが回りジャズが流れる落ち着いた店内。

 

 

1963年創業、2020年で57年目を迎える老舗の正統派喫茶店『喫茶なつめ』。温泉水で淹れた温泉コーヒーが人気だが、食事を目当てにしている常連客も多いという。自家製あんこたっぷりの厚切りトースト、ふわふわのたまごサンドも大人気だ。目玉商品のビーフカレー、カツカレーにはドラマチックな物語が隠されている。チャキチャキした話ぶりと明るい笑顔が印象的な店主・松尾千絵さんが、そのストーリーを語ってくれた。

 


10年前、お店の一切を仕切っていた千絵さんの夫が他界した。「とにかくパパの味と同じにしなきゃ」という思いに駆られていたが、あるとき「25年間も一緒に過ごして、おいしいものを色々教えてもらった。だから、私がおいしいと思うものを作ればいいんだ」と気付いたという千絵さん。同時に、ご主人のいない大きな寂しさに襲われ、気分がふさがる時期が続いた。カップル客を見るたびに、涙が流れてしまうこともあったという。そんな日々を乗り越えられたのは、カウンター越しに軽口を言う常連客たちのおかげだった。そんななか、『喫茶なつめ』の隣でカレー専門店を営んでいた義父母が、高齢のため店を休むことが増えてきた。周囲からカレーを続けてほしいという声があがり、千絵さんは自身のお店で引き継ぐことを決意したそうだ。

 


大量のタマネギを飴色になるまでひたすら4時間ほど炒め、その後鍋で30分以上混ぜる。スパイスやお肉などを配合してじっくり煮込み、完成まで4日ほどかかるという。どこか上品さと深みを感じるのは、大変な手間ひまがかけられているからだろう。

 


カレーの上に載せられるカツは、こだわりの鹿児島県産和牛だ。口に入れるとサクっとした歯ごたえ。続いて豚の脂がじゅわっと溶けて、肉のうま味が広がってくる。カツ単品でも充分なご馳走だ。

 


「お金を出して食べてもらうのに、残念に思われるのは絶対に嫌なんです。このお店で、このゆったりした雰囲気の中で落ち着いて食べる、その体験すべてをひっくるめて楽しんでほしいですね。だからどんなに苦しくても、品質だけは落としません」笑顔の中にも、強い芯を持った語り口だ。

 


千絵さんが『喫茶なつめ』で働くようになってから33年が経つという。「新商品も出してみたいけど、手が足りなくて。全部にこだわりがあるから自分の手で作りたいんですよね」と笑う。気前のいいボリューム満点のメニュー、妥協を許さない料理の数々には、千絵さんの熱い思いがぱんぱんに詰まっている。これからも多くの旅人と別府市民を満足させてくれるに違いない。

喫茶なつめ

きっさなつめ

住所 大分県別府市北浜1-4-23
営業時間11:00~18:00頃
休日水曜日
電話番号0977-21-5713
駐車場なし