スパイスの香りが歩道まで流れている。鮮やかなサフラン色の看板のお店、ガラス扉の向こうには、ベビーカーに乗って微笑む赤ちゃんの姿が見えた。店内は家族連れ、スーツ姿の男性客、そして厨房に近い席の男性は店員さんと異国の言葉で盛り上がっている。店内の液晶モニターには、インドのTV番組が流れる、そんな午後2時の光景だった。
時を遡ること15年以上。2014年当時、別府市在住のイスラム教徒の数は、ほんのわずかだった。別府大学に留学していたイスラム エムデ モンズールさんは、とにかく食べるものがなく困り果て、しばらくの期間を水や果物でやり過ごしたそうだ。そんな苦い経験から「後輩たちには同じ思いをさせたくない」との思いを強め、2008年、別府大学卒業と同時にハラルフードの食材専門店を開いた。別府にはイスラム教徒の礼拝堂であるモスクも誕生し、今後イスラム教の人たちが増え、ハラルフードの需要が高まると予測したのだ。販売したのはチキンなどのハラル基準に沿ったお肉や豆、スパイスなどの輸入食材。ハラルフードの外食がほとんどない状況をみて、100%ハラルのレストラン『カレーの王国 ユーシャ(Yusha Halal Restaurant)』を2012年にオープンした。
レストランの経営がうまくいかない時期もあったという。当時のメニューは、ナンとカレーセットなどだった。同じような料理を提供するライバル店は多くあるが、日本人はあまり来ない。おまけにイスラム教徒も少なく、資金も少ない、そんな状況が続いたそうだ。しかし他店とは違うメニューを揃え、変更したり工夫したりするうちに人が来るようになったという。今ではイスラム教徒の学生はもちろん、別府市民も観光客も、さまざまな人が訪れる。日本人向けにアレンジはせず、バングラデシュ本場の味を提供。カレーの辛さは好みに合わせて選べるようになっている。他店にはない、現地バングラデシュで定番のメニューを常に揃えているのも特徴だ。大分県内ではもちろん、国内でもめずらしいものが多く、日本全国から問い合わせがあるという。鶏のもも肉がまるごと入ったチキンカレー、マトンを使ったカラブナカレー、カッチビリヤニ、フスカ、ドゥーサなど、私たちにはあまりなじみのない料理がメニューに並んでいる。
本場の味を安心して食べられる場所は、故郷を離れて暮らす人たちには大いに魅力的だろう。加えて、サービス精神満点の価格も嬉しい。インド周辺で食べられている炊き込みご飯「ビリヤニ」とカレーのセット、普段は1000円以上するが、金曜日には500円(税別)で提供されるのだ。
「ただお金儲けのためだけではなく、『良かったよ』『おいしかったよ』と言ってもらえるのが嬉しいんです。後輩たちに、安心して食べてほしいという気持ちがありますね。お店ができてすぐの頃は『ハラル』なんて言葉をほとんどの人は知りませんでした。最近はみんな知っていて理解してくれます」とモンさん。これからも変わらず、笑顔と優しさを込めて、故郷バングラデシュの味を提供し続けてくれるだろう。
住所 | 別府市若草町9-26 |
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営業時間 | 11:00〜15:00/17:00〜22:00 |
休日 | 月曜日 |
電話番号 | 080-3952-3560 |
駐車場 | 5台 |